ジャズアドリブについて

『心の解放とジャズ』でも書きましたが、ジャズセッションでアドリブをするのですが、非常にうまく「気持ちいい」演奏が出来た場合と、かなりひどい出来の場合があり、ひどいときは落ち込みます。

アドリブって何だろう、どうして開放を味わうほど気持ちいいときと、
違和感にさいまれるときがあるのだろう、その違いはどこからくるのだろうか、
と考えていたとき、ハタと気がつき、セッション練習会HPに下記を書き込みました。

(引用)
昨日の先生方とのセッション練習会で、教則本が言っていることが、
下手なりに、少し実感してきました。
アドリブって、英語のadd(加える)と、live(命、活力)の意味でしょう。「曲に命を吹き込む」ことかも知れません。
コードもモードも、飽くまで「曲にどうやったら命を与えられるか」、
の解釈を助けてくれるもの(手段)で、それは決して目的ではないということです。

我々の練習曲は、何回も練習して、下手なりに「曲のイメージ」を描きつつ、
アドリブを模索していますが、初見とかで、なぜあまり上手くいかないかは、
基本的に「技術的未熟」があるのですが、曲の解釈もしていないで、
「命を吹き込む」ことは不可能だからでしょう。
赤本もとにかく、「歌え、感じろ」と言っていますのはそのことでしょう。
ましてや、テーマも吹けない曲は、解釈以前の問題で、小生などは吹く資格もないでしょう。
たとえコードが分かっても、それはその曲のアドリブ(命を吹き込む)でなく、
単なるコード演奏(別の音楽)でしょうから。
以上駄文でした。

追記
勿論、アドリブの英語本来はADLIBで、AD前置詞とLIBERAL、字儀にとらわれない、自由に、の意味ですが、小生は意訳しました。あしからず。
(引用終わり)

絵を描くのと同じように、気持ちが入っている作品と、型通りに描いた絵とは、
訴えるものが違うように、きっとジャズも一種の芸術で、そのような違いがでるのでしょう。

2007年5月29日

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