資源は誰のものか

先日、日本経済新聞一面に、米国・EUが中国の資源商品に、
中国政府が、E/Lでの制限及び輸出税を付加することにより、
自由貿易を阻害している、としてWTOに提訴した、という記事が載りました。

マグネシウムも対象に含まれているとのことで、希土類その他、
中国が、世界市場に、多くの割合で供給している商品が、多く含まれて居ます。

中国政府の意図は、資源覇権を握った商品において、世界市場への中国政府のコントロールを画策し、中国人民のための、資源保護政策であることは明白です。

他方、米国・EUは、自由貿易により、資源は公平に配分されるべき、との自由主義的立場から、WTOに提訴したものであります。

これには、根本問題として、「資源は誰のものであるか」が内在しております。

国家は、国益を考えて行動するとしますと、中国政府は中国人民の、
現在及び将来の生活の向上のためには、中国国内のみならず、世界の資源を、
中国のために確保する、という国益があることは明らかで、ましてや共産主義計画経済ですから、WTOへの提訴は不服でしょう。

さりとて、中国は輸出貿易立国でもあるので、全く無視はできないでしょう。

他方、米国・EUが代表するところの、自由貿易にて完全に商品の流動性が確保されたら、資源は、市場経済での「価値論」で決定され、より高いお金を払える人々が手にすることになります。

国益での保護主義と、自由主義での市場経済、どちらが正解でしょうか?

これは、どちらも不完全といえるでしょう。
自由主義は、文字通り、「自由」を最大の価値においていますが、人間の平等は確保できません。
食料に例えれば分かりやすいでしょう。
タイやミャンマーで米が生産され、自由貿易にて輸出制限が全くなければ、
最大の価格をつけた人々(例えば日本)が手にすることになります。
そして、ミャンマーの貧困層は、餓えることも結果としてありえます。
これは「健全か?」といえば、誰しも健全とは言えないと理解できるでしょう。

では、逆に100%保護主義がよいかと言えば、それも明々白々で、 
資源・食料を独占している国が生き延びて、資源食料がない国家は滅びることになります。

すなわち、両方とも100%は、必ずしも正解とは言えないわけです。
では、どこに価値基準を設定すればよいのでしょうか?それは、大変難しい問題です。

国益がぶつかれば、最終的解決手段は、今のところ戦争しかないわけです。
従い、保護主義は自動的に否定されます。
では、完全自由貿易は最高のシステムかと言えば、上記食料の例で分かるとおり、それも現実的には批判されるでしょう。

結論から言えば、資源・食料は、「誰のものでもない。人類共通の財産である」ということです。

たまたま中国に偏在しているマグネシウム・希土類は、人類が平等に分かちあうべきで、たまたま米国に偏在している食料は、人類の生存のために公平に分配されるべきです。

現実は?全く異なりますね。

誰でも国益を優先しています。自国の人民を優先しています。
WTOへの提訴も、中国にある資源を「一番高い価格を提示したものが自由に使うべきである」という論理で米国・EUは主張しているわけで、
マグネシウムを、中国人民が10%も米国・日本より安く買っているのは、
不平等であると言っているわけです。
突き詰めて言えば、世界中が自国主義を主張しているだけとも言えるわけです。

2009年6月26日

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